東京地方裁判所 昭和49年(借チ)1047号 決定 1975年8月01日
申立人
滝末吉
右代理人
横田雄一
相手方
松田充史
右代理人
浅川勝重
主文
申立人が本裁判確定の日から三月以内に相手方に対し金五三万円を支払うことを条件に、別紙目録(二)記載の建物を取毀し、同目録記載(三)の建物を建築することを許可する。
理由
(申立の要旨)
一、申立人は、相手方から別紙目録(一)記載の土地を賃借し、同地上に同目録(二)記載の建物(以下本件建物という。)を所有している。
二、本件建物は、終戦直後に建築されたもので、かなり痛んでおり、また申立人の長男家族と同居する必要もあることから、申立人は、本件建物を増改築することを計画し、相手方の承諾を得たうえで本件建物の取毀し工事に着手したところ、相手方が右増改築を承諾したことはない旨主張して工事の続行に異議を述べたため、申立人は以後の工事を中止している。
三、なお、申立人は、当初の増改築計画を変更し、現在は本件建物を取毀したうえ別紙目録(三)記載の建物を新築することを計画しているので、右新築について相手方の承諾に代る許可の裁判を求める。
(申立の当否)
一本件資料によれば、一応次のような事実を認めることができる。
(一) 申立人は、相手方から別紙目録(一)記載の土地(以下本件土地という。)を期間昭和四四年一二月一日から昭和四六年一一月三〇日まで、非堅固建物所有の目的、地上建物増改築につき相手方の承諾を要する旨の特約付で賃借し、同地上に本件建物を所有していた。(ただし、本件土地の正確な範囲、面積は、後述のとおり確定しえない。)
(二) 申立人は、本件建物が全体として老朽化していることおよび申立人の長男家族四名と同居する必要が生じたことなどから本件建物の一階部分の改築一部増築、二階部分の増築を計画し、昭和四九年六月から八月にかけて相手方との間で右増改築についての承諾を求める交渉を行ない、その過程において申立人は相手方の承諾を得られたものと判断し、本件建物の取毀し工事に着手したが、相手方は、同年九月九日申立人に対し右増改築につき相手方の承諾がないことを理由に前記賃貸借契約解除の意思表示をなした。
(三) このため申立人は、右取毀し工事を中止し、現在は他に間借りしながら本件増改築許可の裁判を待つている状態にあるが、増改築の内容は、最終的に別紙目録(三)記載のとおりに変更された。
二相手方は、(一)相手方の本件賃貸借契約解除により申立人は既に本件土地の賃借権を有していない(二)本件申立は、増改築工事着手後になされたもので、適法要件を欠くものである(三)本件賃借土地の範囲、面積につき申立人、相手方間で争いがあり、この点を確定しないと申立人の新築予定建物が建築基準法に違反するおそれがある旨主張し、本件改築に反対する。
しかしながら、(一)相手方の本件賃貸借契約解除により申立人が本件土地に対する賃借権を失つたことを認めしめる充分な資料は存しない。(二)また、申立人によつてなされた工事は本件建物取毀しの段階にすぎず(それもまだ完了に至つていない。)、その後相手方の抗議によつて右工事は中止されているのであり、しかも申立人が右工事に着手したのは相手方との交渉の過程で相手方の承諾が得られたものと判断したからであつて、申立人の相手方に対する背信的意図に基づいてなされたものでないから、右のような事情の下では本件申立が時期に遅れ、適法要件を欠くものとは認め難い。(三)さらに、本件賃借土地の範囲面積については申立人、相手方間で争いが存することが明らかであり、かつ本件資料のみで本件賃借土地の範囲を確定することは困難なのであるが(昭和四五年二月一五日付土地賃貸借証書に記載された9.82坪(32.46平方メートル)は申立人が本件建物をその借地権とともに取得した当時の本件建物の庄面積よりも小さいものであつて、これをもつて本件賃借土地の正確な面積と解するのは不自然であり、他に本件賃借土地の範囲を明確に画する資料は存しない。)、本件建物と近隣建物、その敷地、道路等との位置関係、および従前からの土地の利用状態などに鑑み、少なくとも申立人が新築を計画している別紙目録(三)記載の建物の敷地として昭和五〇年四月二二日建築確認を受けた敷地面積39.57平方メートル(別紙添付図面のとおり)が、本件賃借土地に含まれるであろうことは明らかである。そして本件申立の当否を判断するに当つては、賃借土地の範囲面積が右の限度で確定するかぎり一応充分であると解すべきである。
三鑑定委員会は、「本件建物の東側に幅員二メートルの空地(通路)を設けることおよび建築基準法の範囲内で築造することを除いては増改築の許可を不相当とする事情は認められない。」旨の意見書を提出したが、本件新築は、右の条件を満たす建物であることが明らかである。その他、本件資料にあらわれた一切の事情を考慮し、本件新築は、土地の通常の利用上相当であると認められる。
よつて本件申立を認容することとする。
(附随処分)
一鑑定委員会は、本件新築による建物耐用年数の伸長、借地期間の延長、借地の利用効率の上昇等による賃貸人、賃借人双方の増減要因を調整する観点から申立人に財産上の給付を命ずべく、その額は本件賃借期間を裁判時から二〇年延長することを前提として更新料相当額(更地価格の三パーセント)に増改築に伴う延長期間(年数)を約定契約期間(二〇年)で除したものと利用効率増加割合を乗じて算出した五七万五〇〇〇円が相当である旨の意見書を提出した。
二当裁判所も本件申立を認容するに際し、当事者の利益の衡平を図るため申立人に財産上の給付を命ずるのが相当と考える。しかしながら、本裁判における附随処分として期間を延長する必要性は必ずしも認められず、したがつて鑑定意見書における更新料を基礎とした右算定方法は採用し難い。
当裁判所は、増改築許可の裁判に伴なう財産上の給付額を通常の土地利用形態での全面改築の場合には更地価格の三パーセント、一部増改築の場合にはその程度に応じてこれを減額して算定することとしている。そこで、本件においても右算定方法に準ずるものとするが、本件新築建物には一部に軽量鉄骨が使用されることが予定されていることその他諸般の事情を考慮し、本件においては更地価格の四パーセントが相当であると考える。また、本件土地の面積は、本件建物の位置関係、土地の利用状態などから、実際には申立人が本件建物の敷地面積として確認申請した39.57平方メートルより東側にやや広い面積であろうことが推測されるのであるが、申立人が右のとおり狭い面積で確認申請をしたのは、本件土地の東側に相手方の母所有建物に通じる幅員二メートルの空地(通路)部分をつくるためであつて、賃借土地のうち右39.57平方メートルを超える部分については、財産上の給付額を算定する際の土地面積として考慮する必要がないものと考えられるから、結局本件給付額は鑑定委員会の意見による本件土地の更地価格一平方メートル当り三三万五〇〇〇円に本件土地の有効宅地面積39.57平方メートルを乗じて得た一三二五万五九五〇円の四パーセントに相当する五三万円(一万円未満切捨)をもつて本件財産上の給付額とする。なお、賃料については、現行地代(一カ月3.3平方メートル当り三五〇円)を増額すべき事情は存しない旨の鑑定委員会の意見に従い、本裁判においては、これを改定しないこととする。
よつて、申立人が相手方に対し本裁判確定の日から三月以内に金五三万円を支払うことを条件として本件申立を認容することとする。
よつて、主文のとおり決定する。
(前島勝三)
<目録省略>